9月です、秋の始まりです。
毎年おもうことがあります。
始まりの月の意味
Breakは2018年の秋に始めたので、秋になると○周年が来ます。
何年やってますなんて、まったくどうでもいいことなのですが。
1年たっても、あれもこれも出来てないことが明示される意味は大きいです。
現在いらっしゃる皆さまや、まだいらしたことがないが利用を想定している皆さまに対して、あるべき恩恵がないというのが世話人として忸怩(じくじ)たる思いがあります。
役割をまっとうできず、恥ずかしく申し訳ない気持ちと焦りが高まります。
もったいない、もったいない
居場所についていえば、リアルに集まる場を毎日開こうと思えば開けるまでに成長しました。
地域連携で複数の団体さまと組んでBreakがある役割を担うことで、Breakがやらせていただけること、使わせていただける場が増えていることが効いています。
オンラインを通して皆さまが自主的に集まる仕組みも作っています。
わたくしめが考える企画だけでなく、乗っかったり、一緒にやることで集まりの種類を増やすことももっと出来ます。
ちょこっと稼げる集まりも「ちょこっとワーク・なら(仮)」以外の話があって進めていくつもりです。
もっと大阪で、さらに他の地域に活動を広げていくことも、そう難しくはないはずです。
しかし、この拡張性を活かしきれていません。
ぜんぜんダメダメです。
いろいろと整備できておらず、使いずらい。
使っていただきたいものの、トラブル回避の仕組みを作れていない。
例えていえば、食べるものがいっぱいあるのに、皆さまにほんの一部しか配れていない状況です。
ボトルネックはもはや人間ではない自分
始める前にこうすれば拡張性を持たせることができるだろうと考えた通りに進んでいますが、同時にわたくしめがボトルネックになることも予想通り。
ダメな原因はわたくしめにあります。
毎日まいにち謝ってばかりで、もはやわたくしめは人間ではなく米つきバッタです。
わたくしめは自分自身を信じてはいませんが、ひと様に動いていただくにしても、まずはこの不自由な自分を動かす以外にないというジレンマ。
アホが身に沁みます。
毎月おなじパターン
僭越ながら、ボトルネックの先に「あいつ、誰だっけ?」と、思われるほど世話人の存在が薄くなっている、アホアホ低能のわたくしめなんていない方がむしろ機能するシステムを作り上げることが、わたくしめの目標であり、使命と思っています。
それが出来ないわけはなく、いまだ出来てないのはわたくしめがアホ過ぎるだけ。
ほんと、今月こそはアホなりにどうやるか、思案のしどころ!
と、毎月おもってて進歩なし。
そして、月末になると無為に1か月を過ごしてしまったと恒例の一人反省会があります。
反省しても何も改善されないことは、おそらく1万回以上経験済みなので3分で終わりますがw
ガチヒキの頃と何も変わってない
結局、年単位でやるべきことを何もしなかった、できなかったという点で、ガチひきこもっていた頃と何も変わりません。
ともかく、ほんと、今月こそは!!!
と、去年も、おととしも、さきおととしの今日も同じようなことを思っていました。
無策で意気込みだけで突っ切ろうとするところも、ガチひきこもっていた頃と変わりません。
多少のがんばりはみられるものの、大きく変えることができないのは、ある種の構造から抜け出せないからなのですが。
ハァ、どうしたらよいのでしょう。
こんな実行力のない世話人で申し訳ありません。